アニメヒロアカ第2話「ヒーローの条件」管理人の感想とネタバレ
管理人の『花蓮』です!
僕のヒーローアカデミアのアニメ第2話の考察をやっていきましょう。
タイトルは「ヒーローの条件」
前回のラスト、デクがオールマイトに訊ねた「個性がなくてもヒーローになれるか?」の回答が今回のテーマとなります。
アニメ冒頭では、再度デクの過去が描写されます。
医者に「諦めたほうがいい」と宣告され、爆轟には「没個性どころか無個性のお前なんかに」と言われ、母には「無個性に産んでごめんね」と号泣されます。
ここで爆轟の言う没個性と無個性について。
個性を持っているのが当たり前の世界で、ただ個性を持っているだけでなく、その個性が優秀であるほうが当然人間としての価値が上がります。
後々、様々な個性を持つ人物が登場しますが、マウントレディのようなシンプルな巨大化の個性もあれば、シンリンカムイのような体を植物に変えて自在に操るといった個性が披露されます。
汎用性で言えばシンリンカムイのほうが便利ですが、純粋なパワー勝負であればマウントレディのほうに分があります。
ヴィランや災害に応じて有利な個性であればそれがベストですが、状況によっていろいろ対応できる汎用性の高い個性のほうが、良い個性と言えるでしょう。
デクのクラスの中には「目が飛び出る個性」や「顔が膨らむ個性」を持つ生徒がいましたが、正直戦闘に向いているとは考えにくいです。
1話からすでに爆轟は手から何かを爆発されるような描写がありました。
のちに詳細が明かされますが、爆轟の個性は「爆破」
手のひらからニトロのような汗を出し、それを引火させ自在に爆発させることができます。
この爆破は攻撃だけでなく、移動や空中での方向転換、攪乱など幅広く応用が効きます。
もちろん個性だけでなく、それを使いこなす爆轟の格闘センスには目を見張るものがありますが、爆轟は個性に恵まれすぎているため、爆轟の根本的な思考として『優秀な個性>没個性>無個性(デク)』という構図が出来上がっているのです。
そして、デクの母の「ごめんね」という言葉。
父もしくは母、もしくは両方の個性を合わせ持った子どもが生まれてくる世界で、無個性というものはデク本人にはどうしようもなく、母は相当責任を感じているようです。
これがヒーローを目指さず、一般的な仕事に就くことを希望していればまた別の話だったのでしょうが……
話は戻り、没個性以下という自覚がありながら、それでも「個性がなくてもヒーローになれるか?」とオールマイトに訊ねるデク。
しかし、その回答を得られる前に、ムキムキの劇画タッチのオールマイトは萎んでしまい、ガリガリで病弱の正体が現れます。
数年前にヴィランとの闘いで負傷し、あのムキムキの状態には制限時間があるウルトラマン状態なのです。
デクの理想のオールマイトは、常に余裕で笑顔を絶やさない世界最高のヒーローであり、その目の前の現実とのギャップに愕然とします。
幸いその事実を知っているのはヒーローの中でも数名で、デクにも口外しないように釘を刺します。
さらに、オールマイトが笑顔を絶やさないのは「ヒーローの重圧、そしてうちに湧く恐怖から己を欺く為だ」と、その事実を突きつけられます。
No.1ヒーローであるオールマイト
1日3時間ほどの活動時間の中、自分を平和の象徴と自覚しており、自身が悪事の抑制力になっていることを知っています。
自身が弱っていることがバレれば、敵勢力であるヴィランが勢いづいたり治安の悪化を招きかねません。
(このあたりはアメリカンコミックの「キャプテン・アメリカ」や「バットマン」に通じるものがありますね。)
こうしてオールマイトはヒーローとしての自分にかかる責任と重圧を理解しており、激痛に耐えながら日々ヒーロー活動をしているのです。
当然、命の危険とも隣り合わせであり、「プロはいつだって命懸け、個性がなくとも成り立つとはとても口に出来ない」とデクに現実を見るように伝えます。
ヒーローでなくても、警察官や消防士など、人の役に立つ立派な仕事はいくらでもあると伝え、「相応に現実を見なくてはならない」とその場を去ります。
場面は変わり、下校中の爆轟とその友達たち。
デクと爆轟は幼馴染ということが明かされます。
幼少時は特に仲が悪くはなかったようですが、なぜこんなことになってしまったのでしょうか?
恐らく個性が出現してから見下すようになった、などが有力でしょうか?
そんな爆轟の足元には、オールマイトが瓶詰めにしたはずのヘドロヴィランが。
デクが飛び立つオールマイトにしがみついた際にでも落ちたようです。
そんなヘドロヴィランが脱出に成功し、爆轟に襲い掛かります。
抵抗する爆轟はむやみやたらに個性で爆破を試み、辺り一帯は騒然となります。
デクと別れたオールマイトも、ヘドロヴィランを落としたことにようやく気が付き、現場へ急行します。
他のヒーローも現場に現れますが、形を持たないヘドロ状のヴィランとは相性が悪く、下手に手を出せずにいます。
個性が1つしかない以上、相性が悪いととことん不利になってしまいます。
もちろん、ヴィラン退治だけがヒーローの仕事ではなく、暴れまわるヘドロヴィランや躍起になっている爆轟の爆破の消火や救助に手いっぱいの他のヒーローは指を咥えて見ているしかありませんでした。
一方、オールマイトにまで現実を叩きつけられ意気消沈のデク。
個性がなくともヒーローになれる道を模索してはいましたが、現実問題として超えられない壁が目の前に立ちはだかります。
尊敬・憧れていたオールマイトに通告され、やはり無理だったのかと諦めムード。
そんなところに無意識にヒーローが集まる場所に来てしまったデク。
個性が発現せずともヒーローの観察や研究に余念がなく、中学3年生まで続けていた癖というものはなかなか抜けないものです。
そこでヘドロヴィランが暴れていることに気付く、オールマイトが落としたのは自分のせいだと気付きます。
さらに野次馬はオールマイトが相手をしていたはずなのに、取り逃がしたのではと、当のオールマイトは何をしているんだとザワつきます。
当の本人であるオールマイトも現場に着いたものの、活動時間の限界を迎え、変身できず痛みに耐えていました。
見ていることしかできないデクとオールマイト。
しかし、デクはヘドロヴィランに捕らわれている人質が爆轟であることを知り、目が合った瞬間・一目散に駆け出します。
特に策があるわけではなく、飛び出したあとに慌てふためくデクですが、日頃取り溜めたノートの内容を思い出します。
様々なヒーローをメモ・研究した成果が思わぬところで役に立ちました。
いえ、むしろいつかヒーローになったときを想定していたときの努力が実を結んだともいえるでしょう。
鞄を投げつけ、目潰しをしている間に爆轟を救出しようとします。
「なんで!てめえが!」
爆轟はまさかデクがこの場に現れるとは思ってもいないので、驚きを隠せません。
しかし、デクは「君が救け求める顔してた」と考える前に足が勝手に動いたと言います。
しかし、ヘドロの前にはデクも手も足も出ません。
デクもヘドロにやられそうになった瞬間
デクの行動に心を打たれたオールマイトが体に鞭を打ち助けに入ります。
「君を諭しておいて、己が実践しないなんて!!プロはいつだって命懸け!!」
オールマイトは己を奮い立たせるように言い聞かせ、吐血しながらもパンチ一発でヘドロヴィランを吹き飛ばし、その衝撃は上昇気流を作り天候さえ変えてしまいました。
負傷してこれなら全盛期はどんなパワーなのでしょう。
血を吐き、ふらつく足元を懸命に踏ん張りながら、右手を突き上げ観衆の声援に応えます。
その姿でヒーローとはどうあるべきかを体現して見せたのです。
ここは原作にはなかったシーンですが、ヒーローとして生きるオールマイトの覚悟や生き様が伝わった良いシーンだと感じます。
その後帰路につくデクに、爆轟が追いかけてきます。
しかし、その口から出たのは感謝ではなく相変わらずの暴言でした。
「救けなんて求めていない。無個性の出来損ないが見下すんじゃねえぞ」
ここだけ見れば、爆轟はなんて恩知らずで非常識なヤツだと思う人も多いでしょう。
しかし、先述した恵まれた個性を持つ爆轟にとって、無個性のデクに救けられたのは屈辱以外の何ものでもありません。
それくらい爆轟にとってデクに借りを作るのは耐えがたい行為だったのです。
相変わらずの態度で去っていく爆轟と入れ違うように、今度はオールマイトが姿を現します。
「少年、礼と訂正……そして提案をしに来たんだ」
と、オールマイトは続けます。
小心者で無個性のデクの行動に、オールマイトは心を突き動かされたと言います。
そして、こう伝えます。
「君はヒーローになれる」と。
タイトルにある「ヒーローの条件」
それは個性の優劣などではなく、“心の在り方”“危険を顧みず行動する勇気”それらをデクは持ち合わせていると言うのです。
その言葉は、個性を持つ子どもに産んであげられなかったと嘆く母にも言ってほしかった言葉です。
個性がなくても努力や勇気でヒーローになれると。
そして、ここからデクのヒーローになるための物語が動き出します。
といったところでアニメ2話が終了です。
マンガの第1話は連載時の読者の支持を得るためにしっかりと起承転結を描く必要があるため、かなりページ数があります。
ここは原作第1話にあたる部分で、約50ページ相当にあたります。
それをアニメでは2回に分けて描写することで、デクの心理や爆轟との関係性、オールマイトの覚悟などが丁寧に描かれていたと思います。
次回はデクがどうやってヒーローになっていくのか、楽しみにしましょう。
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